第一章 メイドあれこれ

・・・メイド服について真剣に語る前にまず基礎知識?をいくつか書こう。
なお、このページの作成にあたって、メイドさんエンサイクロペディアを大いに活用させていただきました。有難う御座いました。

 第一節 メイドのタイプその1

 まず、メイド服は様式で様々に分けられる。我々が一般的に思っているのはおそらくイギリスのメイドである。

A:フレンチメイド・・・ボンデージファッションのひとつ。胸元が開いていて、スカートの短い、いわばエロいメイド服。ごく身近な例でいうと、ちょびっツの、国分寺の家のパソコン(柚姫以外)の格好がそれである。ちなみに俺はコレをメイド服とは認めない(断言)。

B:アーリー・アメリカン・ルック・・・ 初期アメリカ、19世紀前半のアメリカ西部開拓時代のスタイルのこと。女性はフリル付きのエプロンドレス、ゆったりとしたフレアースカートにショール(肩に掛ける布)といったスタイルであり、素朴さがウリ。メイド服に通底するものがある。 ローラ=インガルス一家の本にはこれと似た格好が出てくる。小学生中学年くらいを対象とした本なのでサクッと読めるだろう。読め。

C:イギリスのヤツ(ごめん名前忘れた)・・・先にも書いたが一般的に知れ渡ってるタイプ。ヘッドピース、エプロンドレス、カフスなんかが特徴。

今回は最も萌える(?)Cについて取り上げていくのでそのつもりで。この辺は「制服学部メイドさん学科ロッカールーム」なるページに詳しく載ってるので知りたい方はそこをチェック!

 第二節 メイドのタイプその2

 イギリスのメイドのなかでも、仕事によって様々なタイプ、階級が存在する。

A:侍女(Lady's Maid)・・・主人の妻などの身の回りの世話をするメイド。妻のドレスなどのおさがりをもらえる立場にある。つまり、メイドの中で相当に高い地位を誇る。

B:家女中 (house maid)・・・実際に家事を行なうメイドである。サブカルチャーでは最もポピュラーな存在で、ヒロインのメイドは大抵コレである。女中頭(House Keeper)を筆頭にたくさんいる。洗濯女中(laundrymaid)やらなんやらと細分化されていることも。掃除をしたり、湯を沸かしたりといった家事全般が仕事。ただし食事を作るのは別。基本的に表に出ないのが良いとされている。

C:客間女中 (parlour maid) ・・・客との応対を行なうメイド。若くて綺麗かつ礼儀作法をわきまえた人が選ばれる。割と客に惚れられたりする事もあったそうだ。Bとは逆に表に出ることを仕事としている。無論服装にもきっちりと気が配られている。

D:台所女中 (kitchen maid) ・・・料理を作るのが仕事である。料理人(Cook)を頭とする。これの一番下は皿洗いを専門とするメイド(sculler maid) であり、ひどく過酷な状況であったそうだ。当時の石鹸はソーダしかなかったので皮膚にとても悪かったわけだ。

E:子守女中 (nursery maid) ・・・子供の世話をするのが仕事。これを担当するメイドは何かと外に出る機会に恵まれていた。また、割と年の若い者が選ばれるだけあって、ガールハントの連中には声をかけられやすかったらしい。

F:家庭教師・・・正確にはメイドではない。が、家族の一員でもないと言う孤立した立場にある。主人の娘が社交界にデビューするまでを教育する係のものである。高い知識と教養が要求されるが、給料は普通のメイドと変らない。中にはとんでもなく教養の高い者もいたそうである。こちらは館の主人だとか、その息子だとかに惚れられる可能性が高かったらしく、ハーレクインばりのロマンスが展開されることもあったそうだ。孤独で、高い教養を持っているというあたりが原因だろうか?余談だが何故かフランス人がいい、とされていたようだ。理由は不明。これも余談だが、家庭教師の孤独はかなりすさまじかったようで、手紙を5時間もかけて書いて暇を潰したりした者もいたようである

G:雑役女中(maid of all works)・・・A〜Fとは違い、それほど金持ちでない家では全ての雑用を一人のメイドにさせるケースが多かった。給料も少なく、仕事もきついと言う事でろくなことはなかった。でも当時メイドの5分の3はこれだったという。都会に住みたいが、つてもない・・・という田舎の娘が多かったと言う。

他にも田舎の方なら牧場を取り仕切るメイドなんてのがいたそうである。

 第三節 メイド発展の理由

 なぜ当時(ヴィクトリア朝時代)これほどまでにメイドがいたかを説明しよう。
当時のイギリスにおいては、階級上昇志向が強かった。
人々は上層の階級に加わることを願い、多少の無理を伴ってでも、実態よりも上流に見せようとしていたのである。
産業革命によって力をつけた中産階級の人間としては上流階級であると見せかけたかったわけだ。
当時、上流階級の紳士・淑女の条件として、「働かない」という事があった。
家事などをあくせくとするのは上流階級の人間のする事ではない、という訳である。
また、当時は様々な事を人力で行なっていた。例えば、風呂ひとつにしても、火を焚き、湯を沸かし、それをバケツに入れて湯船に持っていくということを幾度となく繰り返さなくてはならないのだ。他にも文化的に家でも靴をはいたままなので絨毯はすぐに汚れるし、様々な豪華で派手な調度品にもさぞかし埃がたまることだろう。
そういったことから、上流階級ではどうしても大量の召使を必要とした。
それを真似た中流階級の人間がステータスとして使用人を大勢雇い入れたため、使用人の需要を著しく増大したのである。
召使は男のほうが良いとされていた。
ところがイギリスでは1770年代以降、「使用人税」と呼ばれる男性使用人に対する税金が課せられており、限られた予算で使用人の雇用量を増やすためには、賃金の安い使用人を雇う必要があった。
当時の女性使用人の賃金水準は、一般的男性使用人の半額〜20分の1といわれており、使用人の量的確保が急務である以上、男性使用人でなければならない仕事以外は、女性使用人によって賄われることとなった(しかしながら、最上級の女性使用人を雇うより、最下級の男性使用人を雇っているほうがステータスとしては上という風潮は残っていたようである)。
しかし、第一次世界大戦の勃発に伴い、女性が労働力として動員されることで新たな女性労働市場が確立された。このことが女性の賃金を上げたため特に女性を雇うメリットがなくなった。さらに、メイド自身も他に条件のいい職業があれこれ現れた事でメイドである利点を無くすことになる。決定打として上流階級の弱体化と中流階級の激減が起こる。こうしてメイドは次第に廃れていった。
ちなみに、家庭教師は上流階級のレディの条件である「働かない」に近い職業であった。中流階級で、上流階級のレディのごとくあまり働かないでいようと思うと家庭教師が一番だったようである。

 うだうだ書いても仕方ない気がするのでメイドに関してはこの辺で締めくくる。少しくらい当時のメイド事情と言う物が解ってくれたら嬉しい。次からはメイド服の考察に移る。