さて、メイド服への考察の最後に「どうしてメイド服に萌えるのか」という事についてもちょっと考えてみよう。
メイド服、特に客間女中の物は実用性と同時に身を飾る物としても追求されているため、非常に良く出来た服であることは間違いない。
だが、恐らくそれは「どうして萌えるか」の理由としてはメインではないだろうと思われる。
俺が思うに、メイド服に萌える時、それはメイド服に萌えているのではなく、メイド服に付随するメイドのイメージ(しかも多分に誤った)に萌えているのだろう。
まぁこの問題は正直論じても仕方がないような気もする。誰がなんと言おうと萌える物は萌えるのである。
ちなみに同じことをうちの常連のびるつに訊いてみた。
するとあっけなく名答を返してくれた。
これを載せてメイド服考を終わりにしたいと思う。
びるつ「制服という範疇が持つ禁忌の感情。実用性を追求した先に有るデザイン。そして、職業性から来る忠誠の精神。 そういった非の打ち所のない完璧な調和が具現化されているからに違いない。しかし、こんな問は愚問だな。『なぜメイド服は萌えるのか』という質問は『なぜ我々はお腹がすくのか』と同じだ。萌えるものは萌える。まず、我々に萌えるようにメイド服が造られたのではなく、メイド服に萌えるように我々は創られているからだ。制服は少年を大人にし、メイド服は大人を紳士にする。」