第三話 さらば仲間!ようこそライバル!


わたしは夢を見ている。
だって、わたしはここにいるから。
目の前に広がるのはいつか見た風景。
学園都市メイセイに来てしばらくたったころの事だ。
広場に描かれた魔法陣。
円の中に複雑な文様と文字を刻んだその中心に立つ一人の少女。
そして、魔法陣の外にいる・・・わたし。
夢から覚めたい。
見ていたくなんてない。
この後、起こる事を知っているから。
少女がわたしに向かってVサインをしてみせる。
わたしが笑う。
「頑張って!!!」
心の底からのエール。
ダメ。
頑張っちゃ、ダメ。
今すぐ離れて。
お願い。
これは夢だ。
なのに、思い通りにならない。
「うん!」
大きな声で返事をして、少女は詠唱に入った。
わたしは目を閉じようとする。
だめだ。
出来ない。
あの時、わたしはずっと何が起こるかを見ていたから。
眼を大きく見開いて。
何も見逃すまいと。
魔法陣を光が走る。
魔力の煌き。
それはうっとりするほど綺麗で。
どこか、禍々しい。
魔法陣の中央。
少女の足元から闇が吹き上がる。
「え・・・?何で!?」
少女の小さな身体は同じく小さな誰何の声もろとも闇に容易く包み込まれた。
「あ・・・ああああああ・・・!!!」
わたしの口からは呻き声しか漏れない。
意味のある言葉を紡げない。
だって、こんなに禍々しい物を見たことが無かったから。
純粋な恐怖に押しつぶされる。
「助けて!助けて斎ぃぃぃぃ!!!」
「うあ・・・あああ・・・。」
動けない。
あんなに、あんなに必死に助けを求められているのに。
「斎ぃぃぃぃぃぃ・・・っ・・・。」
不意に、闇が晴れた。
放心したように立ちすくむ少女。
ギギギギギ、と不自然な動きでその首が動いた。
「イツ・・・キ・・・!!!」
虹彩には光が無く、どろりとした闇だけがあった。
「イツ・・キ・・・ィ・・・。」
「うぁ・・・あああああああああああ!!!!!!」
恐怖が、わたしの心を彼方に押し流していく。
アレが、目覚める。
もう、もたない。
「ああああああ!!!!!・・・・・・・・・っと、叫びすぎじゃな・・・。」
わたしの口から信じられないほど落ち着いた声が洩れた。
「・・・これは・・・!全く、つまらん物に憑かれおって三下がっ!」
どろり、とせまり来る少女の姿をしたものをわたしの姿をしたものが見据える。
右手を、突き出す。
「いねぃ!」
右手から放出される色の無い衝撃。
ぶしゃっ。
何かが弾ける音。
わたしの視界の中に広がる赤い花火。
熟しきって地面に落ちた柿のように、肉を撒き散らして。
少女は飛び散った。
「ふぅ・・・手間をかけさせおって。常世に触れるには未熟すぎるというのが分からんのか・・・。」
そして、アレは眠りについた。
少女は、メイセイで初めて出来た友達だった。
アレが・・・わたしが・・・。
コロシタ。
何処かから声がする。
――キミは、自分の無力さに腹を立てなくてはならない――
どういうこと?
――それが、キミの抱くべき思いだ――
そっか・・・。
そうなのかも、しれない・・・。


不意に、その光景は終わりを告げた。
あるのは、闇。
「何をしておる何を!」
「え・・・?」
闇の奥から何かが語りかけてくる。
「容易く魔術などに心を許してるんではないわっ!」
「誰・・・?」
「いいか。よく聞け。」
わたしの問いかけを無視して声は続ける。
「自我を保ち、心を縛れ。足を地につけ、何者にも惑わされるな。」
「どういう・・・こと・・・?」
「心配するな。そなたは強い。朕を降ろし、なお自我を保っている。」
「・・・ひょっとして!」
「焦らぬ事、思考を放棄せぬ事。何物をも疑う事。そうすればもっとそなたは強くなれる。」
「アナタが・・・!」
「今は眠れ。悪夢も思い出もなく泥のように眠れ。」
「・・・はい・・・。」
「・・・疑えと言ったはずじゃが・・・まぁいい。ゆっくりと、強くなっていけ。」


「な、何だ!?」
墜落した例の物体の中。
その一室にいたウグィスは思わず叫んだ。
様々な機器に満たされた室内。
目の前には無骨なパイプベッド。
それに似合わない、華奢な巫女服の少女。
その両手、両足を縛る金属製の拘束具が弾けとんだからだ。
「ふん・・・。」
起き上がった少女の目は紅い。
「小手先だけの洗脳かと思いきや・・・過去の思い出まで遡って改ざんか。手の込んだ事じゃな!」
「くっ・・・間に合わなかった・・・か。」
「どうやら・・・うぬは中々に愚かな類のモノらしい。」
「いや、その・・・。」
少女は、右手を突き出した。
「その愚かさ・・・なかなかに面白い。どうやら少々趣向を凝らすべき相手らしいの。」
「何を・・・する気だい?」
答えず、少女は嗤った。
「魍魎よ。・・・食ってしまえ。ただし・・・神経、脳、皮は食うな。」
「な・・・!」
ウグィスは体内に生じた感覚にうめいた。
「ぐ・・・あああああっっ!!!!」
喰われている。
体内に呼び出された、おそらく前に見たあの黒い靄のようなモノに。
主の命に従って、それは的確に内臓を、骨を喰らっていく。
残された神経が脳の許容量を越えかねない痛みを伝えてくる。
こんなはずではなかった。
こんな、ボクらよりも魔術研究の劣った星で。
こんな、コトで・・・。
「あああああああああああ!!!!!!!!」
「ははは!どうじゃ?内部から食われる感覚は!・・・中々味わえぬ体験じゃぞ?」
カットだ。
所詮仮の身体。
神経を、痛覚をカット。
・・・出来ない。
「そうはいくか!ははははは!!!」
ゆっくりと喰われていく。
気が狂わんばかりの時間が続く。
一瞬だか永遠だか分からない時間が過ぎたころ。
「・・・頃合じゃな。もういいぞ。皮以外はな。」
「やめ・・・て・・・!」
ぐずぐずと、柔らかい脳が崩れていく。
豆腐か何かのように。
意識は、痛みなのか何なのか、ともすれば快感のようにも思えなくも無い感覚の中に吸い込まれていった。
床に転がった、パンダのぬいぐるみを左手で掴み挙げる。
パイプベッドの足を右手で無造作にねじ切ると、がたん、とベットが崩れた。
ゆっくりと放り上げたパンダに、その足の尖った部分を向けて投げつけた。
水風船が破れるように、パンダが弾け、中から闇が溢れ出す。
「ははははは・・・!」
闇が皮をも食い尽くす。
ひとしきり嗤ったあと、部屋の片隅に刻まれた魔法陣に向けてその闇を放つ。
「聞こえているかは知らぬが・・・以降妙な事をすると、この魔法陣を潰す。・・・分かったな?」


あれから5日が過ぎた。
「あ・・・キミは!」
萌は思わず声をあげた。
あの時の、巫女服の少女だ。
ウグィスが洗脳するとか言ってたけど・・・。
「どうも・・・。」
少女はぺこりと頭を下げた。
「七瀬 萌だよ。」
「緋諸木 斎と申します。」
二人して頭を下げる。
「大変だったね〜。ニュースにもなってたもんね。あの緋諸木家の長女なんだって?」
「・・・今は大した力も無いですよ?」
「それでも、あたしたちの今いるここ、タマツクリ国を守ってるんでしょ?」
「え・・・?」
斎は絶句した。
どうしたんだろ?
「あの・・・ですね。」
「ほえ?」
「メイセイは、独立行政区なので他のどの国にも属してないんです。バチカンと同じです。」
「ほえ〜〜〜!?」
「あと・・・。」
「まだ、なんかあった?」
「タマツクリ国って・・・何時の話ですか?約250年前、我が国にも統一国家が出来、そのときにタマツクリ国とか、そういうのは消滅したんですけど。」
「ほえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?」
ひょっとして、ひょっとしてあたしって・・・。

バカ!?


気のせいだよね・・・。
「・・・と、ところで話は変わるけど、ウグィス知らない?えっと、あのパンダのぬいぐるみみたいなのなんだけど。」
「知りません。どうやらアレともめたようでしたが。」
「アレ?」
そうです、と斎はうなずいた。
「見ませんでしたか?わたしと路地裏であった時に・・・。」
「ああ、『朕は〜』って言う人でしょ?」
「多分そうです・・・。わたしが目覚めた時、前に墜落したロケットの中にある部屋にいました。部屋はかなり荒れ果てていましたし・・・たぶんアレが出たと思います。」
「アレって・・・何なの?」
あたしは訊いた。
あんなでたらめなのに会った事が無かったから。
まだ、あの紅い瞳を覚えている。
「・・・分からないんです・・・。ただ、とんでもないモノだって事は分かります。本来、わたしはあのようなモノに憑かれてはならなかったのです。」
「どういうことか、訊いていい?」
躊躇いがちに、言う。
「はい。・・・緋諸木家は代々高天原の諸神を信仰し、まつろわぬ神々の世界がこちらを侵食するのを防ぐことを目的にしているのですが・・・。」
「え?そうなの?」
「明らかに、アレは向こうの世界に属するモノですから。」
「・・・まずいよね・・・それ。」
「かなり・・・。」
はぁ・・・とため息をつく。
「もぉぉぉぉぉぉえぇぇぇぇぇぇぇたぁぁぁぁぁぁん!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「わぁっ!」
地獄の底から聞こえるような声がした。
その声のする方を見ると・・・。
パンダがぬらり、と立っていた。
「ウグィス・・・。」
「大変だったんだよぉ・・・洗脳に失敗してさぁ・・・。」
「そうでしょうね。」
「うわぁっ!ひ・・・緋諸木さん!?」
ウグィスは焦った顔をした。
最近ちょっとずつパンダの表情が分かってきた・・・と思うけど、たぶんこれは合ってるだろう。
流石に洗脳しようとしたターゲット本人がそばにいたのではしょうがないと思う。
「・・・ちょうどいいや。カフェテリアに行こうよ。緋諸木さんに話があるんだ。」


カフェテリアの隅っこに、あたしたちは陣取っていた。
「話・・・とは?」
「それなんだけどね・・・。」
ウグィスはあたしにしたような話をした。
斎は黙って聴いていた。
「・・・っとまぁそういうことなんだけど・・・。」
「状況はわかりました。」
「ブックを、受取ってくれるかな?」
斎は顔を上げた。
「お断りします。」
「なっ・・・!?」
「なんで!?斎ちゃん!?」
斎は続けた。
「変身して宇宙海賊と戦って、なんて余裕はわたしにはありませんから。」
「あたしだってそうだよ!」
「・・・結論を変える気はありません。わたしは出来るだけ早くアレを祓わねばなりません。」
あたしよりも二つ三つ下なのに、しっかりしてるなぁ・・・。
「わたしは、強くならなければいけないんです。メイセイに来た理由の一つはそれなんです。」
漆黒の目には真剣な光と強い意思があった。
「まだ、よくパニックに陥ったりするんですけど、それでも何時かは・・・。」
「じゃあ、なおさらだ!」
我が意を得たり、とウグィスが乗り出してくる。
「あのブックで変身すれば、強くなれるんだ!」
「え?」
「変身したときの服には、平行世界から魔力を吸収して、使える魔力をアップさせる仕掛けがしてあるんだ。それに、既製の魔術を用いるから、魔術の成功率は100%だし、組み上げるのも楽なんだ。」
斎は黙り込む。
「どうだい?これなら、あの『朕は』とか言うモノに頼らなくてもいいんだよ!そうなれば何時かはアレともおさらば出来る!」
斎は黙って、首を左右に振った。
「どうして・・・。」
「借り物の強さでは、ダメなんです!」
迷いも無く、言い切る。
「そんなの、アレと同じです。そんなの・・・意味が無いんです。」
「そんな・・・!」
なおも食い下がろうとするウグィス。
そんなウグィスに斎は冷たい声で告げた。
「それとも・・・自分を儀式魔法で洗脳しようとした相手を信用しろと?」
そんな虫のいい話はないでしょう、と言った声は本当に冷え切っていた。
「あう・・・。」
「姉なら、きっとブックなんて受取れとは言わないでしょう。」
「え!?」
「・・・どうかしましたか?」
「お姉さんがいるの?ニュースでは長女っていってたのに・・・。」
ああ、と斎は手を打った。
「姉は、緋諸木の名を捨てましたから。」
「そうなんだ・・・。」
中々ハードな家みたいだ。
「紗月姉さんは緋諸木の思想に合わなかったみたいなんです。家を出てからは積極的に色々な魔術を習っていたようですが・・・。今も、たぶん銅鋒片手にどこかで戦っていると思います。」
「ふぅん・・・。」
「わたしも、篤麻兄さんも止めたんですけどね。どうにもならなかったですね。」
それは関係の無い話でしたね、と斎は笑って見せた。
「話は逸れてしまいましたが、そう言うことですので。」
「ブックは、受取らないんだね?」
「はい。」
それでは、と斎は去っていった。

「・・・すごいなぁ・・・。」
あたしはつぶやいた。
「ちぇっ、なんだよ・・・。」
「いや、結局洗脳しようとしたから失敗したんじゃない?」
「ちっさいくせに偉そうにさ。」
まだぶつぶつ言うウグィス。
「仲間にはならなかったけど、あの子はあたし達のライバルなんだね、きっと。」
ちょっといい感じに締められた気がするんだけど・・・どうなのかなぁ?

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